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偽造ほんわかABCD

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槍兵への愛着MAX
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 学院の怪談 Ⅰ



 私がサルトルに魔法の才能を認められ、それまで予想もしなかった人生を歩み始めてから一年。季節はまた夏になり、いつも騒がしかった魔法学院は一ヶ月の夏季休院に入って、少しだけ静かになった。
 この時期、寮住まいの多くの生徒達は特別便の馬車や舟に乗って里帰りし、講義も開かれない為、教授達も各々が望んだ場所で休暇を取る。学院に残る者は、研究熱心な一部の研究生だけだ。
 私の村までの便はもちろん存在しなかったので、学院長が私に、飛行鯨を貸してやる、と言ってくれたけれど、私はそれを断って魔法学院に残った。ライバルのラニアや、不気味な同居人のカスカも里帰りしていたので、私は何の気兼ねもなく魔法の勉強に打ち込めるこの一ヶ月を無駄にしたくなかったのだ。懐かしい母と村の事は少し気になったが、まだこちらに来て一年も経っていないし、どうせ帰るなら卒業してからでも遅くない、と思った。
 ユリ先生も学院に残っていたので、私は毎日ユリ先生の部屋を訪ねて、魔法の手ほどきを受けた。ユリ先生は『将来、高名な魔道士になったら、師匠はミズマユリだって言えよな』と冗談っぽく言って、私に付き合ってくれた。それから、個人授業の合間におしゃべりもたくさんした。
 それで知ったのだが、実はユリ先生も最初から特待研究生として魔法学院に入学した人の一人だった。どういった経緯で特待研究生として迎えられたのかは教えてもらえなかったが、大筋ではどうやら炎術の才能に秀でている事をハルトゼイネル学院長に認められたかららしい。教育課程終了後も、特待研究生のまま魔法学院に残ったが、小遣い稼ぎのつもりで始めた教授職が案外楽しかったらしく、研究をほったらかして教授職ばかりやっていたところ、数年で特待研究生の権利を剥奪されてしまったと言う。それについてユリ先生は、『まぁ、研究よりみんなに教えている方が楽しいし、別に良いんだ』と言っていた。私が、『研究をしないのに夏季休院で里帰りしないのは何故?』と聞くと、ユリ先生は明るい声で、『帰る故郷がないのさ。俺にとってはここが故郷みたいなもんだな』と言った。
 
 夏季休院の半ば、私にとって嬉しい来客があった。赤国に帰ったサルトルが懲罰期間を終え、お忍びで私を訪ねて来てくれたのだ。私はサルトルを部屋に迎え入れ、まずは三大魔道士とは知らずに振舞っていた事を詫び、それから魔法学院に招待してくれた事にお礼を言った。
 サルトルは相変わらずの物静かな物腰で答える。
 「良いんですよ。いつかも言った通り、私は才能を埋もれさせたく無かっただけですから」
 サルトルはそう言い、私が渡したアイスティーに口をつけた。私もそれに習って自分のコップを口に運ぶ。魔法で冷却されたアイスティーは私の喉と心を潤した。私は思わず、ふぅ、と気の抜けたため息をついた。
 「ふむ。良く冷えていますね。どうやら魔法の習得には苦労していないようで、何よりです」
 サルトルはそんな私の様子を見ながら、そう言って笑った。笑うといつもの陰のある雰囲気が無くなり、とても爽やかな青年に見える。
 「ありがとうございます。私に講義抜きで付き合ってくれる師匠のような先生もいるので、魔法の勉強は順調です――
 サルトルが和やかに微笑んでいるのを見て、私はかねてから気になっていた事を聞いてみる事にした。
 ――ずっと気になっていたんですけど…、サルトルさん、メリエさんが元気にしているか、とか…、わかりますか?」
 メリエの事は、魔法学院に来てからも時々思い出していた。メリエが私の家を出たあの日の夜、月明かりの下で、私をまっすぐに見つめた瞳や、寂しげな表情が何故か忘れられず、私の心に深く印象を残していたのだ。
 その前の晩のサルトルとメリエの密談の内容を盗み聞きした限り、(難しい話だったので詳しくはわからなかったが)メリエは亡命後もサルトルと連絡を取っているはずだ。
 と、サルトルは一転して考え込むような表情になり、少しの間沈黙した。やはり言い辛い事なのだろうか。と、サルトルが口を開く。
 「シンルさん、あなたはあの晩、メリエと私が話していた内容を盗み聞きしていましたね?」
 言うと同時に、サルトルの鋭い眼光が私を貫いた。私は瞬間的に、しまった!と思った。こういう質問をすれば、そこまで連想されてしまうのは当然だったかもしれない。私は質問の仕方が軽率だったと後悔したが、もう遅い。図星をつかれた顔をしてしまった以上、表情の誘導尋問に引っかかってしまったのだ。もはや言い逃れは出来ないだろう。
 「…すみません。でも、マリスさんの事は誰にも言っていないし、メリエさんが元気でいるかどうか、それだけ気になっていたんです」
 しょうがなく、私は素直に認めた。メルタの地で赤国と元帝国の戦争があった事は魔法学院まで伝わってきていたが、そこにマリスの存在があった事は未だに誰も知らず、赤国がそれを同盟関係である魔法学院にも機密にしている事は明らかだった。私は、サルトルは私がそのマリスの事まで知っているかどうかを知りたいのだろうと予想し、それも含めて伝える。
 と、サルトルは私に向き直って、真剣な表情で言った。
 「メリエについては、デルフォイ共々元気にしている、とだけ言っておきます。盗み聞きは関心しませんが、シンルさんの事ですから、単純な好奇心だったのでしょう。私も軽率でしたし、非は問いません。しかし出来れば、あの晩に聞いた事…、特にマリスの事は、そのまま秘密にしておいて貰えませんか?」
 「わかりました。でも、どうして秘密にしておくんですか?」
 よせば良いのに、私の質問癖は治らない。
 「パワーバランスの為。ただそれだけですよ」
 サルトルは空気が斬れるような声で静かに言い放ち、私はそれ以上何も聞いてはいけない事を悟った。
 私が俯き加減で黙っていると、サルトルは話題を変えようとしてくれたのか、懐から一冊の本を取り出して、私に手渡した。
 「これは…?」
 私は手渡された本のページをぱらぱらと捲りながら聞いた。内容は全て手書きで、分厚く、ページの隙間の所々から貼り付けられているメモの紙が飛び出していた。内容から、この本はどうやら魔法書のようだ。
 「私が、魔法学院を離れてから書き溜めていた研究ノートの様なものです。そろそろ内容をまとめて、一冊の魔法書にしようと思っているのですが、その前にシンルさんに貸してあげましょう。まだ世に出ていないものですから、目新しい事もたくさんあると思いますよ」
 「わぁ!ありがとうございます!」
 私は尋常でない勢いで頭を下げ、お礼を言った。現金な奴だと思われてしまっただろうか、サルトルは苦笑する。と、私はふとサルトルの言葉の意味に気付いた。
 「あれ?サルトルさんも魔法学院の元生徒さんだったんですか?」
 『魔法学院を離れてから』という事は、つまりそういう事だろうか。
 「そうですよ。六年ほど前に卒業して、そのまま赤国の魔道科に入りました。今は赤国王室の筆頭魔道士をやっています」
 と、サルトルは事も無げに答える。
 赤国は軍事を大統領が治め、政治を王が治める。昨今の赤国は軍拡が著しいので、国の最高権力者は殆ど大統領になってはいるものの、軍には、魔道士が所属する場所として魔道科以上の位は無い為、戦争時にはよく王室付きの魔道士が魔道科の大将、及び軍全体の参謀として従軍する。
 つまり、王室の筆頭魔道士であるサルトルは、実質赤国最高の立場に居る魔道士だと言える。
 私は、サルトルが何故魔法学院の研究施設を投げ打ってまで、既に同盟関係にある赤国に入ったのかが気になったが、聞いてはいけない気がして、その質問はどうにか飲み込んだ。
 「私はあと一週間ほどこの辺りに留まります。国に帰る時にその本も返してもらうつもりなので、それまでに読んでおいてくださいね」
 その後、サルトルは私の近況を一通り聞き、私の部屋を出て行った。私は最後にもう一度お礼を言い、一人になるとすぐにサルトルのノートを開いた。期間は一週間しか無いが、私にとってそれは充分な時間だった。本の内容を暗記するのは得意分野だ。
 
 サルトルのノートは、さすがに六年前から書き始めただけあって、最初の方のページこそ、基本的な事と、今では魔法学院に知れ渡っている知識ばかりだったけれど、ページの中ほどから、魔法学院の図書棟に置いてあるどんな本にも書いていないような知識が詰め込まれていた。魔法に関して独特の解釈をしている部分も多くなり、私は数ページの内容を理解する為に数時間をかける事もあった。
 後半になるにつれて、ノートの内容は魔法エネルギーについての考察が多くなった。それは、根元こそ魔法学院の地相学研究に近かったが、細部のほとんどが独自のものだった。無数の思考錯誤から導かれた数行の文章を、二重丸で囲ってあったり、取り消し線で消してあったりする。理解不能の図形や記号もあり、サルトルが魔法エネルギーについて、深く、複雑に考察していた事が伝わってくる。
 サルトルのノートの最後の方に、こんな文が書き込まれていた。
 
 『魔法学院で最近盛んな地相学研究は、私の魔法エネルギー研究とほぼ同義だが、私の方が一歩進んでいると言える。彼らは地相という、その土地毎に不変のエネルギーを想定しているが、私は魔法のエネルギーの源となる何らかの物体が存在し、どんな土地であろうが、その物体からの干渉によって魔法エネルギーが生み出される事を想定している。
 私の魔法エネルギー研究の見地から言えば、地相学研究においてのその物体は、「大地そのもの」という事になるだろうか。もちろん、大地を持ち運ぶ事など出来ないので、このままでは土地毎に使える魔法に変化がある事に両者の違いは無い。
  …しかし、大地から魔法エネルギーの源となる物体のみを抽出する事が出来るとしたら、どうであろうか。手のひらに収まるサイズに結晶化された、高純度の「大地」。それが現実の物となれば、どんな土地でも、全ての術式を完成させられるようになる。魔道士の力は飛躍的に上昇するであろう』
 
 私は何度もサルトルのノートを読み返し、それからサルトルが何故私にこのノートを渡したのかを考えた。魔法書の後半が、未知の魔法エネルギーについての考察に集中していったのは、やはりメルタの地での戦いを想定しての事だろうか…?サルトルが私を赤国軍に欲しがってるからこのノートを渡した、とは思えなかったが、単純に私の成長を願ってこのノートを渡したとも思い難かった。
 なぜなら、この本の後半大部分を占める魔法エネルギー研究の内容は、私がアリサドでヒーリングの術式を完成させた、その一件のイレギュラーによって否定されてしまっているような気がするからだ。
 
 
 朝、ユリが南側の窓を開けると、海からの風が流れ込み、部屋を潮の香りで満たす。魔法学院は岬の先端に建っている為、夏は日差しをさえぎるものが無くこれでもかという程に暑いが、その代わりいつも海から気持ちの良い風が吹く。ユリはそれが好きだ。
 今日も昼にはシンルに呼び出されるだろう。あの子は――ユリは、お気に入りの赤いノースリーブに着替えながら思い起こす――あの子は私に似ている。自分と同じように、魔法とは何の縁も無いところから、たった一人でやってきた少女。寂しさや不安もあるだろう。
 そんなシンルに懐かれている事を、ユリは嬉しく思っていた。ユリは、自身が魔法学院に入学した当初の心細さとシンルの今の状況を重ね、自分でもわかるほどにシンルに肩入れしていた。
 と、開け放した窓から一際強い風が吹き、カーテンがふわりと持ち上がった。ユリはそれにあわせて大きく深呼吸し、めいいっぱい背伸びをする。潮風が身体全体をめぐる。
 「っよし!弟子が来る前に仕事を片付けないとな!」
 ユリは誰に言うでもなく声を張り、朝食を取る為に部屋を出た。洗濯は昨日終わらせているし、掃除も完璧。昼になるまで、海で一泳ぎしてくるのも良いかもしれない。教授ばかりやって魔法の研究をしなくなっていたユリにとって、夏季休院の間、本当は仕事など無いのだ。ユリはくっくと含み笑いをしながら、食堂に向かって歩く。
 「あーっ!何歳になっても夏休みって良いモンだね!」
 
 その時、ユリが出て行った寮の一室、箪笥の引き出しが何故かひとりでに開いて、中に入っていた皮袋が宙に浮き、開け放された窓からふらふらと外に出て行こうとしていた。
 
 
 「…無い、ないないないっ!」
 サルトルにノートを借りてからちょうど一週間目の朝、私はそう連呼しながら部屋中を引っ掻き回していた。サルトルのノートが、何故か忽然と消えてしまったのだ。最初は、カスカが荷物の大半を置いたままで里帰りしていたので、床に散らばったままの怪しげな品々の下にでも紛れ込んでしまったのかとも思ったが、いくら探しても出てこない。そもそも、サルトルのノートは毎日読み終わった後に半分物置と化している私のベッドの隅に置いていたのだ。もちろん、昨日の寝る前にもちゃんとそこに置いていた。しかしそこに無く、部屋中を探しても見つからないとなると、もう検討もつかない。
 夜の間に誰かに盗まれたのかもしれない、とも思ったが、魔法学院内でサルトルのノートがここにある事を知っている人は私以外に居ないし、玄関の鍵はちゃんとかけていた。考えれば考えるほど、何故無くなったのか理解が出来ない。私は途方に暮れてしまった。
 と、玄関がノックされ、聞き覚えのある声が私を呼んだ。ユリ先生だ。私はノックの主がサルトルでは無かった事に多少安心しながら、ドアを開けてユリ先生を招き入れる。
 ユリ先生は怪訝な顔つきで散かされた部屋を眺め、それから言った。
 「シンル、何か欲しいものでもあったのか?」
 ユリ先生の声は真剣そのものだったが、私はその質問の意味を図りかねた。
 「欲しいもの…というか、探し物してたの」
 と、不意にユリ先生は私の両肩を掴んで、まるでわが子を諭すような顔になった。
 「いや、そういう言い訳なんてしなくて良いんだ。わかった。あのな、欲しいものがあるなら俺に直接言ってくれれば、一ヶ月待たなくても金は渡すよ。あのお金は元々お前のものなんだから。だから…」
 「はい…?」
 私が困惑しているのにも気付かず、ユリ先生はさらに真剣な声色で続ける。
 「学院長に頂いたお金を勝手に持っていくなよな。それって泥棒になっちゃうし、俺だってびっくりするだろ」
 私はユリ先生の言っている意味を理解するのに三呼吸ほど必要だった。つまり、ユリ先生は自分の部屋にまとめて預かっていた私の生活費を、私が勝手に持ち出したと思っているらしい。
 「えーっと、お金ならまだ余ってるくらいなんですけど…。勝手に持ち出したりなんてしてないです」
 私は物置ベッドを探って、先月手渡された皮袋を手に取ってユリ先生に見せた。ユリ先生は、返答が予想外だったのだろうか、きょとんとしながら皮袋を受け取って、しげしげと中を覗く。
 「ん…。んー?」
 「というかそもそも、私はユリ先生がどこにお金を仕舞っていたのかも知りませんよ」
 ユリ先生はまだ皮袋の中を覗き込んだままうんうんと唸っている。それをいくら眺めても、中に入っているのはお金だけだし、そこからは何もわからないと思うのだが…。
 「ユリ先生…、もしかして失くしたんじゃないですか?」
 「え、えええっ!?」
 まるで思いつかなかったという様に、ユリ先生はオーバーに驚く。その拍子にユリ先生の手から皮袋が離れて床に落ち、どさり、と重い音を立てた。
 「う、疑ってごめんな!どこかに隠してるかもしれないから、まだ疑いが晴れたわけじゃないけど!」
 時々、ユリ先生は明るい声でとても失礼な事を言う。自覚は無いのだろうか。
 「え、それってまだ疑ってるんじゃないですか。でも、ちょうど良かったかもしれない。私の疑いをちゃんと晴らす為にも、私と一緒に探し物、しませんか?」
 「あぁ、そっか。シンルも何か探し物してるんだっけ?」
 さっきはそれを否定しておいて、ユリ先生はあっけらかんとした声で言う。
 「はい。私はある人から借りた本を探してるんです。もうすぐ返さないといけなくて…」
 ユリ先生は私が言い終わる前に、右手で私の髪をぐしゃぐしゃして笑った。
 「シンルはおっちょこちょいなところあるよなぁ!本なんてどうせその辺にあるだろうし、よっし、俺に任せとけよ!」
 突っ込みどころはいくらでもあるけれど、人手が増えるのは悪い事じゃないから何も言わないでおこう。私は髪を手櫛で軽く整えなおしながら、そう思った。
 ただ、この一つだけは、探し物をする前に突っ込んでおかなければならない。
 「ユリ先生、探し物する前にまず着替えませんか」
 一体どういう経緯だったのかはわからないが、ユリ先生は何故か派手な水着を着ていた。
 
 もう時刻は昼になろうかという頃、私とユリ先生は、私の部屋にへとへとになって座り込み、もう半分諦めかけていた。あの後、まず着替えついでにユリ先生の部屋を二人で探し、それから私の部屋にも戻って探したが、どちらの部屋からも、二つの探し物が出てくる事は無かった。
 「シンル~。本ってどんなのだよ。もしかして、落としたのを誰かが拾って、図書棟に届けちゃったんじゃないの~?」
 ユリ先生はベッドの組み木を背もたれにして座り込み、私が差し出したアイスティーをがぶ飲みしながら言う。これでもう三杯目だ。
 「うーん、この部屋から外に持って出たのは、内容を確かめるために実験したりした数回だけだし、そもそも図書棟にあるような印字された本じゃないんです。ユリ先生こそ、ホントは誰かに盗られちゃったんじゃないんですか?」
 私は両足を床にだらんと投げ出したまま、答える。乾いた汗が肌に張り付いて気持ち悪かった。
 「いや~、窓はいつも開けっぱなしだったけど、外は断崖だろ?飛翔術が使える奴なんて、今学院に残ってないだろ。ダメだ~。もう検討つかね~」
 ユリ先生の言う通り、夏季休院の今、魔法学院に残っているのは研究生ばかりで、研究生の中には魔法が使えない者も多い。そもそも、魔法学院と言っても、通う生徒達の中で魔法が使える者は約半数程度で、残りは魔法に関する研究や知識を得ようという目的で通っているものなのだ。断崖を打ち抜かれて作られた寮棟の一室の窓という、強い潮風の吹く中の小さな目標を正確に目指せる程の高度な術を扱える魔道士は、今、魔法学院には残っていないはずだ。
 私達は八方塞な気分で、夏の熱と湿気に奪われた体力をアイスティーで癒しながら、当ての無い会話をするしかなかった。
 
 「ふむ、大体の話はわかりました。しかし休院中と言えども、この程度の術を扱える人すら居ないとは、いささか無用心では?」
 突然、どこからか男の声が響いた。私はびっくりして声の主を探して部屋を見渡したが、どこにも誰も居ない。
 と、ユリ先生がぎょっとした顔で窓の外を見ている事に気付き、私も窓に目を向ける。
 目を向けた先、窓の外から一メートルほどのところに、サルトルの姿があった。サルトルは両肩から生えた大きな羽根で羽ばたいて、その場に浮かんでいる。その羽は半透明で、振り下ろす時は力強く風を掴む翼の形をしているのに、振り下ろし終わると一瞬で無数の水の粒に解れ、キラキラと陽光を反射しながら、サルトルの上部へと移動し、そこでまた翼の形を作って、風を掴み、振り下ろされる。水翼の術式、それも今まで見た中で一番美しく、大きく整った翼だ。
 私が感動している間に、サルトルは窓枠に掴まって、水翼の術式を解除した。翼はエネルギーを失ってただの水に戻り、崖下の海へと還っていく。
 「失礼かもしれませんが、ここからお邪魔させて頂きますよ」
 返答を待たずして、サルトルは両手をふわりとなびかせながら軽やかに跳躍して部屋の中に入った。その滑らかな一連の動作が、まるで『ヒーロー参上!!』という感じで、妙に芝居染みて見えたのは気のせいだろうか。
 「お前…、何でここに居るんだよ…。というかどこから入って来てんだよ」
 サルトルが部屋に入ると同時に、ユリ先生が嫌悪感に満ちた声で言った。私は初めて聞くユリ先生の恐ろしい声色にもびっくりしたが、それよりも、二人が知り合いだという事に驚いて、話に入るタイミングを失ってしまった。
 「久しぶりですね。ユリ。私はれっきとした用があってここに居るのですよ。ユリこそ、そろそろ私のところに来る気にはなりませんか?」
 サルトルは挑発的に微笑みながら言う。サルトルのそんな表情も始めて見る。事情の飲み込めない私は完全に置いてけ堀だ。
 「誰がお前のところなんて行くかよ。三大魔道士なんて呼ばれ始めたからって調子に乗ってるのか?」
 ユリ先生はそう言いながら、懐から術式用に愛用している黒いグローブを取り出して装着しようとしている。それを見て、サルトルの方も臨戦態勢に入ったのだろう、周囲に魔力の強張りがあるのがわかった。
 いつの間にやら、これは一触即発という状況になっているのだろうか。私は急いで二人の間に入って制した。
 「えっと!ユリ先生、私が本を借りていたのはサルトルさんなんです!だから取りに来てくれたんです。二人とも落ち着いてください!というか、二人は知り合いだったんですか?」
 私が早口に捲くし立てると、ユリ先生は我に返ったのか、グローブを仕舞ってくれた。
 「知り合いというか、生徒時代の同期だよ。何だ、サルトルから借りた本だったなら、もう探さなくてもいーぞ。どうせろくな本じゃないしな」
 ユリ先生は忌々しそうに言って、サルトルを睨んだ。どうやら相当仲が悪かったようだ。
 「まぁ同期と言っても、格の差は歴然でしたがね。あの本の内容もユリには理解出来ないでしょうから、確かにユリにとってはろくな本ではないかもしれませんね」
 サルトルはなおもからかうように言う。ユリ先生は仕舞いかけたグローブを握り締め、なんと表現して良いかわからない程の複雑な表情をした。ただ、怒っている事だけはわかる。
 いったい学生時代の二人の間に何があったのだろう。私は、もしかすると私とラニアも傍から見てこんな風に見えるのだろうか、と思って、内心で反省した。これは、はた迷惑極まりない。私は二人のいがみ合いはとりあえず無視して話を進める事にした。
 「サルトルさん、本を無くしてしまってごめんなさい。今日中には無理かも知れませんが、一生懸命探しますからもうちょっと待ってもらえませんか?」
 私がそう言うと、サルトルは一瞬、まるで今まで私が居た事も忘れていたような驚いた表情で私を見て、それからいつもの調子で答える。
 「ああ、その本の事ですが、どうやら探し物で困っているのはあなた達二人だけでは無いようですよ。先ほど、学院の掲示板を見てきたのですが、探し物のチラシが無数に張り出してありました。
 ところでユリ、覚えてますか?私達の時代にも、魔法学院で同じような事件があった事を」
 「え?…あ、あったっけな?そんな事」
 ユリ先生は、先ほどの怒りをどこに持っていけば良いのかわからなくなったのか、突然の質問に焦った様で、しどろもどろに答える。
 「ありましたよ。私達の卒業前ぐらいでしたかね。今と同じような原因不明の小物紛失事件が頻発して、結局謎は解けず終い、『学院の怪談』とまで言われたじゃないですか」
 ユリ先生は思い出したのか、両手をぽんと叩いた。
 「あ、あぁ、あったあった!そういえば似てるな」
 それを聞いたサルトルは満足げに頷いて、ポーズを取るように両手を広げる。
 「ええ、間違いなくあの頃と同じ種類の事件でしょう。これはチャンスですよ!あの頃、学院随一の成績を誇った私達二人がどんなに頑張っても解けなかった謎にもう一度挑戦出来るのです!さぁ!三人で『学院の怪談』に挑戦しましょう!」
 私はサルトルの意外な一面に言葉を失いながら、何かの演説のようなサルトルの雄雄しい声を聞いた。今まで気付かなかっただけで、実はサルトルも相当愉快な種類の人なのかもしれない。
 「そんな事言って、何か手がかりとかあんのかよ?これが前と同じ事件なら、俺はまったく当ての一つも無いぞ」
 ユリ先生はあまり乗り気では無いらしく、ぶっきらぼうに言った。
 「ふふふ…、卒業から六年、私は研究をほったらかしにして教授ばかりやっていたあなたとは違うのですよ。この『学院の怪談』、どうやって多数の物を証拠も残さず消し去ったのかは謎ですが、どんな方法であれ、魔法が使われている事は間違いありません。と、いう事は、現場には一つの証拠が残されているはずです。シンルさん、あの本を読んだあなたならわかるのでは?」
 「魔力痕、ですか?」
 私は、本の内容の中に思い当たる節があったので、答える。それは魔法エネルギー研究の副産物として生まれた新技術だった。
 「すばらしいっ!その通りです!魔力痕は魔法の使われた場所に二、三日は残ります!幸い、まだ事件は起きたばかりでしょう。さあ早速、ここに陣を敷きましょう。シンルさん、私の本を読んでいるあなたには、助手として手伝っていただきますよ。さあ!」
 サルトルは身体を可笑しな角度に捻じ曲げながら嬉しそうに叫ぶ。やはり、若干のキャラクター崩壊を起こしているような気がしてならない。
 「ねぇ…、ユリ先生、サルトルさんってあんな人でしたっけ?」
 私はユリ先生のわき腹を小突き、小声で聞いた。
 「何言ってんだ。元からあんな奴だよ。見てて色んな意味で寒気がするだろ?気持ち悪いよな」
 
 とにかくこうして、私達三人は『学院の怪談』に挑む事になった。

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座右の銘は憎まれ上手の不器用貧乏。
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