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偽造ほんわかABCD

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 特待研究生の受難 Ⅰ/魔法剣士ラニア



 ラニアとの一件から、ラニアは私への興味を失ってしまったようだったが、逆に私の方はラニアに対して強烈な競争意識を持つようになっていた。
 何故そんなに腹が立ったのかわからないが、私はこんなに負けず嫌いだったのか、と自分でも驚いたほどだった。とにかく、私は講義でラニアと顔を合わせる度に、ラニアよりも優秀な生徒として振舞おうと躍起になっていたが、ラニアは本当に優秀で、どの教科でもなかなかチャンスを見出す事が出来なかった。
 その数少ないチャンスが訪れたのは、本の虫な私にとって一番得意な教科、歴史の講義中だった。あまり人気のない講義なのか、講堂には20人ほどしかいなかったが、私の斜め前の席にはラニアの姿があった。
 男性の、腰の曲がった老教授が、教壇の前でいつものようにのんびりと話している。
 「…と、いう事で、皇国に発祥した新しい宗教はルバイによって広められ、現在は世界中に広まっているのです。そのルバイがまとめた福音書には主の起こした奇跡が数多く描かれていますが、その中には魔法の効果ではないかとされている節がいくつかあります。例えば、第八章十三節…、誰かわかる人はいますか?」
 老教授が言い終わると同時に、三人の生徒が手を挙げた。その中に、ラニアの姿もあったので、私もいつになく高く手をあげた。「ルバイによる福音書」なら、村の家にもあったし、内容はほとんど暗記している。しかし教授はラニアを指した。私は落胆しながら手を引っ込める。
 「主が、腕をなくした女に新しい腕を与える様子が描かれていたと思います」
 ラニアは立ち上がり、得意げに胸を張って言った。老教授が嬉しそうに笑う。
 「ふむ、まぁ良いでしょう。正確には、第八章十三節、主は女を憐れみ――」
 ここで、私はだめもとでもう一度手をあげてみた。老教授はそれに気付いたらしく、言葉を止めた。
 「ふむ、シンル君、この続きがわかりますか?」
 私は勢い良く立ち上がった。視界の隅にラニアがぎょっとした顔で振り向くのが見える。
 「第八章十三節には、『主は女を憐れみ、新しい手を与え給うたが、それがまやかしであることを知ると女はひどく悲しんだ』…とあります」
 私がすらすらと答えると、周囲から、おぉー、という声が上がった。
 「すばらしい!完璧です。確かシンル君はまだ14歳でしたね。それから、非常に惜しかった、ラニア君も16歳だったかな。若い人々が古い歴史に興味を持つ事はすばらしい事です。私もたいへん嬉しい」
 老教授は拍手と共に私を称えてくれた。私は青い顔で私の方を見ているラニアに対して、つん、と少し顎を浮かせて一瞥し、ニヤリと笑ってやった。
 「お前、あれくらいで勝ったなんて思うなよ」
 その日、食堂でラニアは隣に座ってきた。私は生意気なラニアに一泡吹かせてやったと思っていたので、上機嫌で答える。
 「あれくらいって、歴史の講義の事?」
 「俺だって暗誦しようと思えば出来たんだからな」
 「じゃあすれば良かったのに。第四章三節、わかる?」
 私はなおも挑発的に言った。ラニアが本当に暗誦出来ていたとは思えない。案の定、ラニアは黙ってしまった。
 「……、お前、意外と性格悪いな」
 ラニアは歯切れ悪く小声で言った。
 「性格悪いのは勝ち負けなんて気にしてるラニア君の方じゃないの?私は勝ったとか思ってないもん」
 その実は大いに気にしているところなのだが、私は涼しい顔で嘘を吐いた。よほどプライドを傷つけられたのか、ラニアは右手に肉の刺さったフォークを握り締めたまま、硬直してしまった。
 「と、と、と…」
 私は流石に悪い気がして、話題を変えようと思ったが、どうやらもう、時既に遅し、らしかった。ラニアは顔を真っ赤にしてどもりながらも、私に言い放った。
 「とにかくっ、お前より俺の方が成績良いのは間違いないんだからっ!今回の事で調子に乗るなよ!」
 成績の事を口に出されて、私もまた頭に血が上ってきた。確かに、まだ成績ではラニアに敵わない。
 「でも成績だって追いついてきてるし、すぐに抜いてやるんだから!」
 話題を変えようと思った気持ちはどこへやら、私は勢いで言ってしまい、結局、食事の間中、子供っぽい言い合いをしてしまった。
 それから私とラニアは事ある毎に張り合った。成績や、魔法の実技はもちろん、私が図書棟で予習復習をしているのを知ると、ラニアも図書棟についてきたし、ラニアが実技で私の使えない魔法を使っているのを見ると、私もユリ先生に頼み込んで、講義が終わった後に練習させてもらい、伝授された魔法をラニアの前で使って見せたりした。常にラニアの方が一歩前には居たが、私はその悔しさをバネにしてラニアに喰らいついていた。
 
 もう一年の講義も残り少なくなった三月のその日も、私はユリ先生の個人授業を受けていた。窓から夕日が差し込んで、教室はオレンジ色に染まっている。
 「友達が出来て良かったなぁ、しかも男の子か」
 「友達とか、そんなのじゃないです」
 ユリ先生は床に描かれた陣の説明をする合間に、おちょくるような声でそう私に言った。私はすごい勢いで首を左右に振ってそれを否定したが、ユリ先生はなおもニヤニヤしながら私を見ている。私はなぜか慌ててしまった。
 「本当にそんなのじゃないんですよ。本当に最低なヤツなんですから!ちょっと私より入学したのが早かったから出来るだけなのに、それを自慢するみたいに私の前でするんですよ。いっつも」
 「いやいや、シンルもラニアも掛け値無しに優秀な生徒だぞ。お前らはまだ講義でやってない事も勝手に勉強しちゃってるしな。もう一年じゃあ二人に追いつける奴は居ないんじゃないのか?」
 確かに、ラニアと張り合っているうちに、私の成績はいつの間にか学年内のトップクラスになっていた。しかしラニアにはまだ負けている。
 「第一、この陣だって別にまだ覚えなくても…」
 ユリ先生は左手の甲の部分で床に描かれた陣をコンコンと叩きながら言った。
 「でもラニアは出来るんです!だから教えてください!」
 私は無意識の内に着ている服の裾を両手で握り締め、顔を真っ赤にして言った。ユリ先生は、苦笑いしながら首を振った。
 「わかったわかった。ったく若いなぁ。素直じゃないし」
 「素直じゃないってどういうことですか」
 「はいはい、気にしないで集中集中!」
 私はなんとなく変な勘違いをされていそうで納得がいかなかったが、ユリ先生はそのまま陣の説明に戻ってしまったので、それ以上は何も言わなかった。陣の説明が終わり、私も何とか扱えるようになると、ユリ先生は思い出したように言った。
 「ところで、一年の特待研究生はシンルとラニアだけだろう?今日、ハルトゼイネル学院長が旅から帰ってきたから、多分近いうちに二人共呼び出されるぞ。この時期、特待研究生は学院長に研究成果を発表しないといけないからな。お前らはまだ学生の身分だから、研究成果の発表はないけど、きっと何か課題を出されるだろうな。そんなにラニアをライバル視してるんだったら、直接対決の良い機会じゃないか?」
 私は思わず歓声をあげた。どんな課題を出されても、絶対勝ってやる。
 
 ユリ先生の言った通り、次の日に私とラニアは学院長に呼び出された。私が院長室の扉をノックすると、中から、入りなさい、という声が聞こえた。私はごくりと唾を飲み込んで、扉を開く。
 院長室は教室ほどの広さで、真ん中に大理石の机と、それを囲むように高そうなソファが置いてあった。南側の壁には大きな楕円形の窓があり、窓がある場所以外の壁は全て天井まで届く本棚が敷き詰められていた。そしてその本棚にも無数の本が敷き詰められている。私は思わず瞳を輝かせた。
 「シンルさん、良くいらっしゃいました。ここの生活には慣れましたか?」
 学院長は私に向かってソファに座るように手で合図をしながら、いつも通りののんびりとした声で言った。窓の傍に立って外を見ている学院長以外に、人は居ない。ラニアはまだ来ていないようだった。私はふかふかのソファに座りながら答える。
 「はい、もうずいぶん慣れました。学院に招待していただいてありがとうございます。それに、お金まで」
 「ほうほう、良いんですよ。サルトル君の言ったとおり、シンルさんは素晴らしい才能を持っていたようですし」
 学院長はそう言いながら、指先をすっと大理石の机に向けた。すると、机の上に置かれた藍色のガラス瓶がふわりと浮かんで、同じく机の上に置かれたコップに中の液体を注いだ。コップに充分に液体が注がれると、今度はコップが浮かび上がって、私の目の前に移動した。
 「まぁ飲んでください。それから、ラニアさんが来る前に少し聞きたい事があります」
 「はい、なんでしょう?」
 私は宙に浮かんだコップを受け取りながら答えた。湯気と、ハーブの良い香りがコップから漂っている。
 「サルトル君から聞いたのですが、シンルさんはアリサドの村に住んでいたのですね?」
 「はい。アリサドの東にある小さい村です」
 「その村でヒーリングの術式を発動したと聞いたのですが」
 長い白髪の奥で学院長の眼がきらりと光った。
 「はい。でも偶然に一度出来ただけで、あとは何度やっても出来ませんでした」
 私は慎重に答えた。やはり、私が特待研究生として迎えられた理由はそこにあるのだろうか。学院長は一拍置いて、話し始める。
 「ふむ…。しかし一度だけでも、すごい事です。それは今の私にも出来ない事なんですよ」
 「ありがとうございます。…でも、自分でもどうやったのかわからないし、本当になぜ出来たのか私が聞きたいくらいなんです」
 私は謙遜ではなく本心でそう言った。本当にあの時魔法が発動した理由なんて、今でもわからないし、ただ必死に詠唱していたら発動した、としか考えようがない。
 「ではシンルさんは、なぜ、私達が普通の人とは違い、魔法を使えるのだと思いますか?」
 先ほどから、学院長の声はいつになく真剣なようだった。予想外の質問に、私はハーブティを飲んで間を作り、急いで考えを巡らせたが、良い答えは思い浮かばなかった。
 「……、考えた事がなかったです」
 「私の考えではね」
 学院長はそこで一端言葉を切って窓から離れ、机を挟んで向かい側のソファに座った。学院長の巨体が深々とソファに沈む。
 「私達魔道士は、神様の真似事をしているだけだと思うのです。私はこの世界中を旅して、魔法以外にも様々な奇跡を起こしている人々が居る事を知りました。別の時代や次元を見る事の出来る者や、過去と未来の全ての知識を持つ、不老不死の者…。それらの人々も、もしかしたら、偶然神の能力の一部を授けられ、神の真似事が出来るようになったのかもしれない、と思うのです」
 「つまり、学院長は神様が存在すると考えているのですか?」
 私は宗教等に関しては懐疑的な考えを持っていたので、その言葉には少し納得がいかず、そう聞いたが、学院長はいたって真面目に答えた。
 「そうですね。しかしそれは、皇国の宗教にあるような、民衆を助ける『全能の主』という存在とは少し違う気がします。私が考えた所では、神はアブクードの過去から未来の全ての歴史を知り、地相の力を自由に引き出してどこにいても全ての魔法を使える。しかし、神はアブクードの次元とはまったく別の次元に存在していて、私達の歴史に直接関与する事は出来ない。そのような存在だと思うのです」
 「私達の歴史に関与できないなら、アブクードの歴史を知る事に何か意味はあるのですか?」
 「ほうほう、シンルさんはなかなか鋭いですね。この先はまったく根拠のない仮説ですが、神は、アブクードの歴史を何らかの形で必要としているのかもしれません。神が時々私達に不思議な力を与えるのも、その力で歴史が動く事を必要としているからかもしれません」
 私はようやく学院長の言いたい事がわかってきた。
 「つまり、私がアリサドでヒーリングの術式に成功したのは、もしかしたら神様が私に特別な能力を与えてくれたからかもしれない、という事ですか?」
 「ほうほう、その通りです。それでも私はその力がシンルさんだけの特別なものだとは思っていませんよ。研究していけば、私達も地相の力を借りずに魔法が発動できるようになるかもしれません。そうやって私達は、なぜアブクードが存在するのか考え、神に近づいていくべきなのです」
 出会った時から得体の知れない人だと思ってはいたが、やはり、この学院長の話は、壮大過ぎて私には少し理解し辛い。私がどう答えるべきか困っていると、タイミング良く院長室のドアがノックされた。学院長が「入りなさい」と言う。
 
 
 ラニアと私は怒っていた。この時初めて、二人の意見が一致したのではないだろうか。その意見とはつまり、
 「「こんな課題、最悪!」」
 早朝に魔法学院の門を出てまだ一時間も経っていなかったが、私達は既に口喧嘩を始めていた。口喧嘩の発端は、お互いの装備についてだった。
 「とにかく、そんな軽装で何かあったらどうするの?あの渓谷には魔獣だっているんでしょ?」
 ラニアは巾着型の袋を肩に背負い、腰に小振りの銅剣を提げている以外は、ほとんど普段と変わらない格好だった。
 「だから俺は動きやすい方が良いんだって!シンルは荷物が多すぎなんだよ。呪文書もそんなに持って来ても、今回はただのお使いみたいなモンなんだから絶対使わねぇよ。歩くペースも落ちるし、良い事ないだろ」
 対する私は、陣作成用の魔法のマーカーから、数々の呪文書、食料や望遠鏡などの入った大きなリュックを背負っていた。でも、ちゃんと夜には無事目的地につけるように考えたつもりだし、その上で何か事故があった時にも対処できるよう、最善を考えて選んだ荷物だった。
 「お使いって、ラニアは何でも簡単みたいに言うけど、私達二人とも初めて行く場所なんだから、もうちょっと慎重になった方が良いよ!」
 「へぇへぇ、すみませんね。もうお前が『荷物重たいよー』って泣きついてきても、絶対持ってやんねぇかんな」
 「泣きついたりしませんから、けっこうです!」
 売り言葉に買い言葉、ハルトゼイネルの地を歩く私達の口喧嘩が終わる気配は、もちろん無い。
 私達の仲が悪い事を知ってか知らずか、学院長が私達二人に出した課題は、『二人で協力して、巨神兵の涙を取ってくる事』だった。巨神兵は魔法学院から南に歩いて一日ほどの渓谷に、はるか昔から何をするでもなく佇んでいる。巨神兵は山よりもはるかに大きく、その姿に誰もが畏怖を覚えるものの、それが何の為に存在しているのか誰も知らない為、巨神兵は『神の忘れ物』とも言われていた。
 ただその巨神兵は、満月の夜にだけ(これまた理由はわからないが)空を見上げて泣く。その時に零れる涙は魔法の触媒として価値が高いので、魔法学院は満月になる度に少数の研究生を巨神兵の渓谷に派遣していた。今回は、それを二人だけで取って来い、というわけだ。
 
 最初のうちは南へと歩きながらも口喧嘩に余念が無かったが、太陽が真上に来る頃になると、私は歩き疲れで口喧嘩をするのも億劫になってきてしまった。少しくらい休憩をとっても、夜になるまでには充分余裕を持って巨神兵の渓谷に到着出来そうだったが、ラニアは休憩を取る気がないらしく、ずんずんと進んでいく。私も、何かに負ける気がして、休憩を取ろうとは言い出さなかった。
 結局、私達は休憩を取らずに渓谷の麓にある小さな街まで来てしまった。その頃にはもう私の脚はパンパンになっていて、もう立つだけでも痛いくらいだったが、それを言うのは悔しいので、私は何も言わずに休憩した時に食べるつもりだったお弁当を開いて食べた。もうすっかり冷めてしまったお弁当は、あまりおいしくなかった。ラニアは食料を持ってこなかったらしく、出店で調理された肉だの野菜だのを買って食べていた。食事は街の外れにある大きな木の植えられた広場で並んで食べたが、ラニアもさすがに少し疲れたらしく、ほとんど会話はなかった。私の気分は最悪を通り越して、もう何もかもどうでも良くなっていた。
 食事が終わっても、すぐに渓谷を目指して出発しよう、と言う気は起きなかった。ラニアもどうやらそう言う気は起きなかったようで、二人とも脚をだらんと伸ばして地面に座り込んだまま、しばらくぼんやりと広場の大きな木を眺めていた。太陽は少しずつ落ちてきていたが、春先のぽかぽかした陽気が気持ち良い。大きな木の枝々に小鳥がとまり、ピィピィと囀っている。
 私は突然、なんだか猛烈に恥ずかしくなってきてしまった。そういえば、特定の男の子とこんなに長く一緒にいるのも、二人きりで旅をするのも、初めてだ。そういう考えが次々と頭をよぎって、この沈黙すらもなぜか痛々しく感じてしまう。何か言い出そうと思うが、何も思いつかない。
 「俺も弁当持ってきて、途中で休憩すれば良かったかな」
 と、ラニアが唐突に言った。それは何故かいつもの憎まれ口とは違う、私を労わるような優しい声で、私はますます恥ずかしくなってしまった。
 「そ、そうよ、そうすればこんなに疲れなくてすんだのに!」
 「いや、ごめん」
 予想外に謝られてしまい、私は恥ずかしさがピークに達してそれ以上何も言えなかった。出発してからずっと最悪の気分だった事は、いつの間にか忘れてしまっていた。
 
 私達は日が落ちる前に渓谷に入り、月が顔を出す頃には何事も無く巨神兵の前に着いた。予定通りにいけば、深夜になる前には巨神兵の涙を回収し、来た道を帰って早朝の3時には麓の街の宿で休める。
 巨神兵は、渓谷の中心で本当に静かに佇んでいる。足元まで来てしまった今はもうその全貌は見えないが、実は麓の街に入った時からその姿は見えていた。麓の街から見た巨神兵は、渓谷のどの山よりも大きな、赤茶色の肌をした人型の生物だった。巨神兵はぴくりとも動かず、ただそこに佇んでいる。雲にも届きそうな頭部は、鉄のヘルメットのようなもので覆われていた。もしかすると、生物ですらないのかもしれない。
 私達は巨神兵の足元に陣を敷いて、満月が空に浮かぶのを待った。巨神兵に動きがあれば、陣を発動してその場からいったん離れる。うまくいけば、巨神兵から落ちてきた巨大な涙は、陣の効力によって、周囲の大気ごと一瞬にして凍りつくはずだ。
 ラニアは常に周囲を警戒していたが、どうやら渓谷の魔獣は巨神兵の周囲にはまったく近寄らないらしく、辺りはしんと静まりかえっている。私はランプのすぐ傍に座って、巨大な樹の根元のような巨神兵の脚を眺めながら、学院長の言った神様の存在もあながち嘘ではないのかもしれない、と考えていた。
 突然、脚が震えるように揺れたと同時に、真上から、地響きのような低い音が響いた。巨神兵の泣き声だ。
 私はランプを手にとって、ラニアの方を振り向いた。ラニアは素早い動きで私が用意していた陣の発動用のマーカーを手に取っていた。
 「ちょっと!私がやろうと思ってたのに!」
 思わず私はそう叫んだが、ラニアは私が言い終わる前に陣に最後の一筆を入れた。瞬間、完成した陣は輝きを放ち始める。
 「そんな事どうでも良いだろ!巻き込まれる前に離れるぞ」
 ラニアはそう叫んで、走り出した。私もこの悔しさはひとまず置いておく事にして、その場を離れる。
 私達が充分な距離をとってからしばらくして、空から巨大な雨粒のような巨神兵の涙が振ってきた。そしてその涙は、陣の範囲に触れた瞬間、ピシッ!という音と共に凍りつき、地面に転がる。
 「よし、うまくいってる」
 ラニアは満足そうにその様子を眺めて言った。
 「だから!なんでラニアが一人でやったみたいな顔してんのよ」
 「実際、俺一人でも出来てただろ。まぁシンルだったら陣を発動できたかどうかわからないけど」
 「マーカーも持ってきてなかった癖に!この作戦考えたのだって私だし!」
 「別にこんな手の込んだ事しなくても方法はいくらでもあんだよ!」
 巨神兵の慟哭が響く中で、私達はそれよりも大きい声で口喧嘩を始めてしまった。と、そこに一羽の鳥が急速に近づいてきた。しかし口喧嘩に夢中な私はそれに気付かない。
 「痛っ!」
 その鳥は私の腕を突付いた。私は思わずランプを取り落としてしまい、ランプの灯が消えて辺りは急に暗くなる。
 「バカ!ランプ落とすなっ!」
 「違っ、何かいる!」
 「わかってる!」
 私よりも一瞬早く気付いたのか、ラニアはそう言うと、刹那の間に腰から銅剣を引き抜き、近くの木に向かってまっすぐに掲げた。銅剣の切っ先、月明かりの中で、木にとまった鳥の眼が不気味に光っていた。その光は二つではなく、鳥の頭部に放射状に存在している。
 「複眼の梟か。こいつは使い魔の一種だ。近くに召喚した魔道士がいるかもしれない」
 「えっ!?」
 巨神兵の慟哭の中、私は辛うじてラニアの言葉を聞き取り、混乱しながらも辺りを見回した。幸い、満月なのでランプが無くてもある程度視界が利く。しかし、周囲にそれらしい人影は見当たらない。
 「野生じゃないの!?」
 と、私が叫んだと同時に、木の枝に止まっていた複眼の梟が翼を広げ、私を目掛けて飛び立った。複眼の梟は、眼と同じく光る翼で空を切るように滑空し、急速に私に迫る。私は驚いて身構えたが、複眼の梟は私ではなく、足元に置いていた私のリュックを掴んでまた飛び立った。リュックは複眼の梟と同じほどの大きさがあったが、複眼の梟はそれを軽々と空へ運ぶ。
 「間違いなく野生じゃないな。巨神兵の涙を狙って来てる」
 ラニアはそう言いながら左手に銅剣を構え、巨神兵の反対側に逃げようとする複眼の梟の方に走り出した。そして接近する数秒の間に右手で翼破弾の印を結ぶ。
 「落ちろっ!」
 ラニアは右手を空に掲げて叫んだ。その瞬間、ラニアの手のひらから光弾が放たれた。光弾は夜空に光の尾を引きながら複眼の梟に迫り、軽い破裂音と共に爆ぜた。無数の魔針が複眼の梟の翼に突き刺さり、複眼の梟はバランスを失って墜落する。
 ラニアはすぐに複眼の梟の落下点に追いつき、銅剣を右翼に突き立てた。私も急いでそこに駆け寄る。地面に磔にされた複眼の梟は、ぶちまけられた私の荷物の上に羽毛を散らしながらバタバタともがいていた。
 「小細工はこれくらいにして、出て来いよ!」
 ラニアが叫ぶと、20メートル程先の岩場から、黒衣を着た大柄な魔道士が現れた。ほとんど人型だが、粘性の肌が月明かりの下でぬらりと光り、黒衣の下からは、脚ではなくミミズに酷似した一本の尾が伸びている。赤竜人族だ。
 「やれやれ、子供だと思って侮ってはいかんな。それにしても魔法学院は何を考えているんだね。今回は君達二人だけか?」
 魔道士はかさついた声で言った。どうやら、巨神兵の涙を欲しているには違いないようだ。私は初めての、そして予想外な戦闘に緊張しながらも身構える。
 「とにかく、君達二人だけでは役不足だ。おとなしく巨神兵の涙を渡してくれないか?いつもいつも魔法学院の奴らに独占されていては、私も困るのだよ」
 魔道士はそう続けたが、その言葉とは裏腹に、剥き出しの殺意がここまで伝わってくる。私はラニアと目配せをしてお互いの意志を確認した。もちろん、課題を失敗するわけにはいかない。つまり、巨神兵の涙は渡せない。
 どうやらこの魔道士は、普段から巨神兵の涙を狙ってはいるが、いつもやってくる四、五人の研究生の前には姿を現していない。今回は子供が二人だけだったので姿を現したのだろう。そう考えると、大した魔道士ではないはずだ。
 「ラニア、まず私が前に出るから…」
 と、私達は二言、三言、小声で話し合って作戦を決めた。成績を競い合い、出来るようになった魔法を相手の前で自慢し合っていたおかげで、お互いに出来る事は把握している。
 
 「どうやらやる気のようですね…?」
 その様子を見た魔道士は、そう言って不気味な異国の言語で呪文を唱え始める。先ほどの複眼の梟と唱えられている詠唱文の傾向から、召喚魔法なのは間違いない。
 私は足元に散らばった荷物から魔法のマーカーを拾い上げ、そのついでに石ころもいくつか拾って走り出した。ラニアは複眼の梟から銅剣を引き抜き、胸に構えて魔力を集めながら、私から一拍遅れて走り出す。
 
 ――火精の祝福 胎動せし溶岩の芥 疾れ――
 
 私は魔道士に向かって走りながら詠唱した。私の手のひらから、先ほど拾った石ころが炎を纏って飛び出す。こんな初歩的な呪文で致命傷を与える事は出来ないだろうが、とにかく敵に召喚呪文を発動されれば勝ち目が薄くなってしまうので、時間稼ぎには丁度いい。
 やはり、炎つぶては魔道士の右腕によって軽々と弾かれてしまった。魔道士はニヤリと笑って、さらに詠唱を続ける。私と魔道士の距離はもう5メートル程になっていたが、詠唱は終わりに近づいているらしく、魔道士の頭上の空間は歪み始め、そこから肉の崩れかけた熊の姿が覗いていた。
 私は焦りながらも、立ち止まり、魔法のマーカーを使って胸の前に小型の陣を描き始めた。魔道士はそれを見て、左腕を私の方に向ける。その左腕から、赤竜人族特有の無数に枝分かれした触手が私に向かって伸びた。ものすごく気持ち悪いが、ここで引く訳にはいかない。この陣は相手が攻撃してこなければ意味がないのだ。
 魔道士の触手がたどり着く寸前、ギリギリで陣は完成した。完成した陣は魔道士の触手を弾き、その効果を発動する。
 「これは!?貴様っ…」
 魔道士は狼狽してよろめいた。その頭上に見えていた空間の歪みが収縮する。
 「魔法書き換えなんてできちゃったり!」
 私は作戦が成功した嬉しさでつい叫んだ。私が敷いたのは詠唱変換の陣で、陣に触れた者の詠唱している魔法を無作為に書き換えて妨害する陣だった。
 「おのれっ!小癪な真似を!!」
 と、激昂した魔道士は右腕を振り上げ、無数の触手を私に向かって伸ばした。私はそれを間一髪で避けたが、さらに避けたところに迫ってきた左腕の触手に捕まってしまった。
 触手は首を締め上げながら私を身体ごと持ち上げる。苦しさと、触手のぬるぬるした質感で全身に鳥肌が立った。
 「小娘め…このまま締め上げながらもう一度詠唱すれば良い事よ」
 魔道士は嗜虐的な笑い声をあげ、触手に力を込めながら詠唱を再開した。と、そこにラニアが追いつき、魔道士の懐に潜り込む。
 「もう充分時間は稼げた。あんたの負けだよ、化けミミズ!」
 ラニアはそう言って銅剣を一閃した。切っ先が魔道士の身体に食い込む。が、魔道士はそれに構わず、右腕の触手でラニアを捕らえ、私と共に持ち上げた。
 「残念、そのなまくらでは私の身体は斬れなかったようだなァ?」
 魔道士はヒッヒッヒ、と笑い声をあげる。確かに魔道士の弾性のある体には傷一つついていなかった。しかし、ラニアは余裕で言い放つ。
 「気付いてないのか?おめでたいな」
 その言葉と同時に、魔道士は突然苦しみ始め、私とラニアを地面に放り出した。同時に、魔道士の頭上にあった空間の歪みが、斬り裂かれたように真っ二つに分かれて、消えていく。ラニアは巧く受身を取って立ち上がった。
 「な…にを、し…た?」
 「俺の剣はあんたの精神を斬る。朽ちろ」
 ラニアがそう言い終わる前に、魔道士は力尽きて地面に伏し、動かなくなった。
 
 「…死んだの?」
 私は首に纏わりついた粘液を拭いながら、恐る恐る倒れている魔道士の方を眺めた。
 「いや、俺もこの術を本気で使ったのは初めてだけど、多分術を破られたショックで気絶してるだけだと思う」
 「じゃ、じゃあ起きる前にもう行こうよ。もう私、コイツに触るのも嫌」
 私は本心からそう言った。まだ触手のぬるぬるした感覚が身体に残っている。
 「まぁ待て。これから俺らは麓の宿に泊まるんだし、コイツが起きたら追ってこないとも限らないだろ。どこかに縛っとかなきゃ…」
 ラニアは冷静にそう言う。私は身震いがした。
 「縛っとくのは賛成だけど、私がやるのは絶対嫌!」
 「いやいや、俺だって嫌だし、ここは公平にじゃんけんでも…」
 「もう!さっきだって私が囮になってあげたのに!ちょっとは労わってよ!」
 「俺の術がなけりゃ召喚師相手に絶対勝てなかっただろ!ちょっとは感謝しろよ!」
 結局、私達はお互い一歩も譲らず、最終的にじゃんけんをして見事に負けた私は、またあの気持ち悪い身体に触れなければならなくなった。
 気がつけば、いつの間にか巨神兵の咆哮はやんでいて、辺りは静かになっていた。私達が巨神兵の足元に戻ると、地面にいくつかの凍った巨神兵の涙が転がっている。それは真珠のように美しい光沢を放っていた。予想外の事態は起こったが、どうにか課題は達成出来たようだ。
 
 
 もう昼になろうかという頃に、私は麓の宿の二階で目覚めた。昨日の無理が祟って全身がだるい。私はこれから半日かけて魔法学院まで歩いて戻らないといけないという事を考え、絶望的な気分で宿の一階に降りた。両足とも、階段を一段降りるのも一苦労する程の筋肉痛になっていた。
 ようやく一階に着くと、ラニアは私より一足先に起きたらしく、ちょうど朝食を取り終わったところだった。ラニアは私の姿を見ると、「用意して二階で待ってるから、早く来いよ」と、涼しげな顔で言い、去っていった。私は、持って帰らなければならない荷物の事を考えると、とても食事を取ってすぐ出発するような気分にはなれなかったが、やはり悔しいのでそれを言い出す事は出来なさそうだ。
 私は重たい気分のままのろのろと朝食を取って、二階に上がった。
 出来ればこのままもう一眠りしたい、なんて思いながら自分の部屋に入ると、私の荷物が全て忽然と消えていた。私はすぐに昨日の魔道士の事が頭に過ぎり、焦ってラニアの部屋に向かった。
 乱暴にラニアの部屋のドアを開けると、そこには私のリュックと自分の巾着袋を背負ったラニアの姿があった。
 「よし、出発するか」
 ドアを開けたところで硬直している私に向かって、ラニアが言った。


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